黒地の絵:小倉祇園太鼓
7月は小倉で祇園太鼓の始まる季節。
街のあちこちで「ドンドコ、ドンドコ」と町内会の人たちが練習しています。
今をさかのぼること約50年前。
朝鮮戦争が始まったころの北九州はアメリカを中心とした連合軍の補給基地。市内のあちこちにあった旧帝国陸海軍の基地や施設はそのまま連合軍の基地となりました。
小倉の北区と南区の境にあるとある補給基地(現在も陸上自衛隊が使用中)から最前線に送られる黒人兵を中心とした武装集団が脱走し、市中で略奪・暴行の限りを尽くした・・・。
松本清張「黒地の絵」に詳しい・・・。
その場所はその後、朝鮮半島から「無言の帰還」をした兵士達や「体の一部分」に「死に化粧」を施し米国へ送り届ける「人間組立工場」となっていきました・・。
←そしてそれらの「無言の帰還」を果たした兵士の亡骸が着いた場所がここ門司港の岸壁。
北九州・小倉(原爆投下の目標にもなっていた!)、門司(関門海峡には日本で一番多く機雷が投下された。)はその地形からも、戦争の影響を大きく受けた土地でもあります。
また、朝鮮戦争時小倉の弾薬庫には米軍の局地核弾頭が保管されていた・・
という情報もあります。
祇園のお祭りや、海峡花火大会などの楽しみを享受できる私達ですが、先人の苦労や事実をしっかりと記憶にとどめておかないといけない気がします。
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